母の勉強していた姿

母は40歳をすぎて運転免許証を取得した。

昭和47年くらいだっただろうか。

本人は、子供時代から運動神経が良くて

町のおてんば娘だったと言っていたけど、

私は自転車に乗っている姿さえ見たことがなく

体形や動きをみても

とても運動神経や反射神経が良いとは思っていなかった。

 

自己申告って、やはり眉唾だ。

 

当時、女性が運転免許証を持っているのは

まだまだ珍しくて(私の町では)

車を所有している家庭もほとんどなかった(私の町では)

母自身も、その年齢になってから

車を運転する自分など想像した事もないだろう。

 

そんな母が免許をとって、運転をするには

やむにやまれぬ事情があった。

 

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母は再婚をしていて、再婚相手(私からは養父)が

これまた、とんでもない「昔のヤンキー」で

警察にマークをされるくらいの

武勇伝をいくつももっており、

車の運転でも、いけない事をさんざんやらかしていた。

 

昔はほろ酔い程度なら、運転をする人は多かった。

テレビのドラマでも、軽く飲んだあとに

運転をしているシーンなどは普通に放送していた。

(恐ろしい時代だ)

しかし、養父は、ほどよく飲むという事ができない。

泥酔、酩酊の状態で運転して

町から戻る峠で事故をおこし

崖から自分だけ落ちてしまって、

死んだのかと思ったら、

現地の人が総出で探してくれている間に

本人、謎の激怒で、ヒッチハイクで帰宅した。

 

反省をするどころか、自分以外に悪者はいないはずの

単独の事故でありながら、

自分はまるで悪くなく、ひたすら怒っていた。

しかも、血まみれで。

まったく、謎。

 

そんな事故で、きっと他にも違反や軽微な事故の累積で

養父は免許取り消しの処分をうけた。

ザマミロと思った。

車は新車のバンで、ひと月で廃車になった。

まったく、車に謝れ!と思う。

 

そこで、反省をして、謹慎期間が明けるのを待てばいいのに

車のない生活を考える事ができない養父は

どうなだめたのか、(脅迫まがいか、泣き落としたか)

母親に免許を取らせる事になった。

 

 

母の通っていた「教習所」は

地元からバスを使っても、片道2時間はかかる場所にあった。

どう通っていたのかは、記憶にないけど、

そこに通いながら、試験は学科も実地も

札幌まで出てくる必要があった。

 

母の勉強は、そうやって始まった。

 

すでに強度の老眼になっていた母は

分厚い老眼鏡をかけて、食卓テーブルで

教習本をにらんでいた。

見たことのない姿だった。

新聞はマメに読む人だったけど、

新聞以外の書物を読んでいる姿を、私は知らない。

 

勉強って、最後の勉強をした時からのブランクを埋めるために

リハビリが必要だと思う。

当時はわからなかったけど、大人になってから

新しい事を学ぶときに、私はリハビリを必要とした。

だから、リハビリをしていない母の勉強は大変だったと思う。

 

好きなお酒も飲まず、居間でひたすら難しい顔で

鉛筆を動かしていた姿を、私は時々思い出す。

母親の1ぺージとして、良い思い出をもらった気がする。

 

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さて。 そんな母。

学科も、実地も落ちた。

何度落ちたか、覚えていないけど、

また、札幌に行かないといけないって、嘆いていた。

そして、嘆く母をよそに、落ちた事を養父は怒っていた。

(ご心配なく。黙って怒られる母ではないので)

 

それでも、なんとか母は免許証を手にいれる事ができた。

 

そして、恐ろしいことに、本当に車を運転するようになった。

 

当時はマニュアル車なので、当然クラッチの操作がある。

下手な母は、どこでもノッキングや、エンストを起こした。

道路工事の交通整理のおじさんをはねそうにもなった。

怒鳴る養父。

怒鳴り返す母。

もう、地獄絵だった。

そして、子どもとして、忍びなかった。

 

そんな状態なのに、いつしか母は私を乗せて、町に行くようになった。

いつの間にか、あまりエンストも起こさなくなって、

それなりのドライバーになっていった。

「買い物、行くかい?」って、得意げな事もあった。

 

懐かしい。

 

あんな事がなければ、勉強する母の姿を見る事はなかったと思う。

 

私はいつも、新しい何かを学習しようと思ったとき、

そして、やり始めたときには、必ずあの日の母の姿を思い出す。

いまや私の方がずっと年上だ。

 

私も相当に頭が固くなっている。

一度や二度では覚える事はできない。

記憶に残っても、頭の引き出しのどこにいれたのかが

思いだせなくて、悶絶する。

 

 

 

今日から、私は新しい事を始めた。

案の定、自分のものにするには

人の何倍も時間がかかりそうだ。

自分の憶えの悪さに呆れて、

椅子にもたれて、天井見上げて伸びながら、思う。

 

母よ。あなたはエラカッタ。