まじめ人間

私はたぶん、平均より真面目人間だと思う。

平均っていう基準があやしいけれど。

 

 

人にはなびかないし、

手を挙げる人を見てから手を挙げることもない。

答えはその前に持っているので、

人と同じ、みんながしている、

そんな事はどうでもいいと思っている。

 

けれど、たぶん、真面目だ。

 

でも、付き合いの浅い人からは

私は真面目な人間だと思われていない節がある。

若いころは、しょっちゅう飲みに行って、

毎週ディスコ(古いか笑)で踊り狂い

ナンパはすることも、される事もあり…

そんな風に思われていた。

 

ある時、職場の会議で、

自分の「仕事観」みたいな事を、匿名で発表して

その中に、とても冷淡な文章があった。

 

イヤだし、馬鹿らしいけど

お金のために、笑って仕事をしている。

 

なるほどな… って、10代の私は聞いていた。

そういう意見もあるよな…って。

でも、その場のほとんどの人は

その投稿が私の文章だと思っていたようだ。

 

「○○でしょ、あれ書いたの」って数人から言われた。

そうか、やっぱりなぁ、そんな風に思っているんだ。

 

別に訂正もしないし、そう見える事は

キャラクターとしてはそれでもいいと思っていたし。

 

でも、それは私ではない。

私はもっと真摯に仕事をしていたし、

情熱もあった。

仕事でお金をいただいている誇りと自負だってあった。

そんな事を書いたひとは

辞めるか、仮面をかぶり続ければいいと思っていた。

そもそも、誰が書いたとか、

関心ないし。

 

そして、生まれて60年。

私は、適度に運動をしたり、山に行ったり

海に行ったりとかの遊びはそこそこ経験をした。

けれど、「飲みに行きたい」という気持ちは

持っていない。

だから「飲みに行く」という言葉も嫌いだ。

(決して行かないという意味ではなくて)

踊りは盆踊りはする。

けれど、ディスコは行かない。

そこで、発散するエネルギーの正体がわからない。

 

遊びたいという欲求が極端に少ないのだと思う。

けれど、そんな風に見られたことは、ほとんどない。

 

信号も守る(100%ではないけど)

どんなに車の往来がなくても、

信号を無視する大人を、就学前の子供たちに見せたくない。

そして、斜め渡りもしない。

横断歩道の線の前まで行ってから、渡る。

「まじめか!」と同行者に言われる。

 

けれど、それ以外の行動が私の頭にはないのだから

しょうがない。

 

 

そんな私が、ある時、信号なしの国道を渡った。

交番も近かったけど、

どうしょうか、どうしょうか…って、

二の足、三の足をバタバタさせて

車の往来のスキを狙って、エイッ!!と渡った。

 

f:id:kokiakj:20200820123148p:plain

 

(実際は車はほとんど走っていなかったと思う)

わずか片側2車線の、20メートルくらい?の距離。

渡り切った私は高揚していた。

 

やれば出来るじゃん(笑) 本当はダメだけど(笑)

 

実は、30代のこの時期。

中学生だった娘がものすごい反抗期で、

物はぶつけてくるし、食ってかかるし

夜は帰ってこないし、

目つきは変わるし。

 

あぁ、コイツはこのまま

一生笑わないんだろうなぁ

 

そんな風に思っていた。

 

私自身はそういう時期がなかったような気がするので

(その時期には親がすでにいなかったから)

反抗期の正体がわからなかった。

そして、真面目な私は、自分の価値観を

正当化して、それを押し付けていた。

それに、ヤツは反抗したのだろう。

 

解決策が見つけられず、途方に暮れていた私は、

買い物の帰り道、

信号なしの国道の冒険をした。

 

このいけない渡り方をしたら

アイツの心が少しはわかるんじゃないのか?

そんな思いを一瞬抱いたからである。

 

そして、渡って、高揚した私は、

そんな事で何かが変わるワケないって事を

心の反対側では理解をしていた。

それでも、なんだか、ひとつ壁を越えたような気がしていた。

 

人は変わらない。

よく、言われている真実。

自分が変わる方がずっと楽。

変われる要素があるなら、その方が簡単だ。

 

あの時、たぶん、私は少し変わったのだと思う。

自分の幅を少しはみ出してみるもの、

人生たまには必要だと思う。

 

そして、娘のその後であるが

メキメキと元にもどった…

 

な、ワケないじゃん(笑)

 

一生笑わないと思われていた娘、

高校に入った頃には、笑っていた。

 

良い経験をした。