あこがれに気づく 横田さんによせて

拉致被害者横田めぐみさんのお父様である

横田滋様が亡くなられた。

今頃は葬儀がおこなわれているだろうか。

奥様の願いである、そっとしてほしいというお気持ちは

マスコミに届いているだろうか。

 

一昨年くらいに、体調がおもわしくない、

言っている事が理解できないことがあると

奥様が言っておられた。

そんな発言の横で、滋さんはあの優しい笑みで

ひとり何かを語られていた。

 

私が拉致被害を認識したのはいつだったろうか。

いつの間にか、そんな事があるんだ、と思うようになっていた。

そして、横田ご夫妻が取り上げられるようになって、

活動を目にし、他人事よりも近い問題として

捉えるようになっていた。

 

小泉元首相の電撃的な北朝鮮の訪問は、

もう20年くらい前だろうか。

食い入るようにテレビをみた。

その結果、むごい宣言をもたらされた。

 

奥様は気丈であったけど、滋さんは

慟哭と咳で、言葉にならなかった。

それでも、被害の家族代表として

あの席にいる事はどれだけの苦痛であったか。

 

色々なウソが露見して、生存情報もあり

またとり戻すというお気持ちに持っていけたのは

強い、負けない愛情のたま物だろうと思う。

 

私の世代の親が、丁度横田ご夫妻と年齢がかぶる。

親を見送った者、老いていく親を看ている者。

そして、自分もまた、近く老いていく。

 

憧れていたと言えば、失礼にあたるだろうか。

羨ましいと言ったほうが妥当かもしれない。

 

こんなに優しいお父さん。

いつまでも探してくれて、

安否を気遣い、語り掛けてくれるお父さん。

家族と嬉しそうに写真におさまっているお父さん。

諦めないと言ってくれるお父さん。

そして、きっとまだ待っていてくれるお父さん。

 

お父さんに憧れている人は、きっと多いと思う。

 

でも、どんなに、誰が褒めようが

あんなお父さんが欲しいと言おうが、

お父さん本人がのぞむのは

妻と、3人の子どもたちの平凡なお父さんでありたい。

そんな素朴な気持ちでしょう。

 

いつか必ず、ご家族の再会が叶いますように。