コンビニの袋

7月からコンビニでも袋が有料になって、

今ではどこもエコバックが必要になった。

今のところ、袋を購入したことはまだない。

 

スーパーもドラックストアも商品を詰める台があるから

サッカー台というらしい)そこで詰めるからいいんだけど

コンビニとか、パン屋さんとかはレジの台のところで

持参の袋に入れなきゃいけないから

なんだか、店員さんもこっちも

手持ち無沙汰の時間が発生して…

袋に入れるまでが、気まずい(笑)

 

今思うと、コンビニの店員さんって

袋詰めがうまかったよね。

 

ポリの袋が環境的にダメってことで

有料になったんでしょ?

昔はだいたい、茶色の「クラフト袋」だった。

ポリの袋にかわっていった頃には

便利になったなぁ…って思っていた。

でも、今はあのクラフトの袋がなつかしい。

 

あのクラフト袋にリンゴかオレンジをつめて

(袋から覗いている)

坂道でリンゴを落としてしまって(何個も何個も)

坂の途中にいるイケメンさんが拾ってくれて、

恋がはじまったりしたものだ(テレビの定番)

ポリ袋の穴があいて、オレンジがころげても

間が抜けて、なんだか様にならない(どうしてだ)

 

話はそれたけど、このコンビニのエコバックに

どうにも慣れることができなくて

私は買い物をするのが一気に減った。

1点、2点ならいいけど、それ以上だとやっぱり袋は必要になる。

あの、間のとれない瞬間に慣れる日はくるのかな。

 

 

21歳の頃、あこがれの人がいて。

うんと年上の、違う部署のイケメンおじさんだった。

(でも、名前は憶えていない)

時々、帰りのバスが一緒になるんだけど

夏のある日、イケメンさんが持っていた

イカの網がやぶれてしまって、

乗客のいないバスの通路を

イカが走った。

そして、降車のタラップのところで

無残にも割れてしまった。

 

最初はとっさの事に驚いてスイカを見守ったけど

すぐになんだか可笑しくなって、

イケメンさんには気づかれないように

私と友人は笑った。

 

あれが、風情のあるクラフト袋から

オレンジが転げたのなら、

憧れは恋になっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

昔の夏

盛夏。 7月末から8月のお盆までは

暑くて当然だよね。

お盆がすぎたら、涼しくなるから。

そして、9月末には暖房を入れようかどうしようか

迷う日が訪れる。

 

昔も暑かったけど、

どうにも出来ないほどの暑さはなかった。

でも、平成の頃から、どうにも出来ない暑さを感じるようになった。

何度も言っているけど、北海道の標準にクーラーはない。

つまり、逃げ場がない。

近年は節電で、商業施設も涼しくはないし、

最終的には車のクーラーで涼むしかない。

 

今年は、まだこのどうにも出来ない暑さは来ていない。

このまま過ぎてくれたらいいけど

油断はまだしていない。

2台の扇風機の挟み撃ちで

乗り越える準備はすんでいる。

 

昔、夏は楽しかった。

イカを食べて、冷や麦食べて、

川で遊んで、花火をして。

浴衣着て、踊って、また花火して。

 

暑くて暑くて、汗だくで、

それでも母の肩にまとわりつく。

 

そして

暑い!!

と、怒鳴られ、はじかれる(笑)

 

懐かしくて、楽しい。

 

 

カリアゲさん

ここ数年流行っている「カリアゲ」

とても似合っている人。

そうでもない人。

なぜ? と、思う人。

いろんなカリアゲさんがいる。

 

そんなカリアゲさん。

ツーブロック」というスタイルなんだと今日知った。

なぜツーブロックが校則違反になるのかとの

議会の答申を先日見て、

その時のイラストに「タラちゃん」が出ていたので、

私はてっきりタラちゃんのヘアスタイル(短い真ん中分け)

の事なのだと思っていた。

 

そうか? いる? 校則で違反にするほどいる?

そんな疑問を持っていた。

今日、スッキリした。

 

校則って、いつの時代も平和だと思う。

些末な規則で、生徒と学校がゴタゴタもめるなんて、

平和以外の何物でもないと思う。

たった3年間しかないし、

でも、その3年間で小さな改革に挑むなんて

平和で羨ましいよ。

永遠に、闘いを繰り返していけるといいね。

 

ついでだけど。

尾崎豊の一連の大人に対抗する唄。

私には、反抗なんかじゃなくて

可愛い甘えん坊の唄だっていつも思う。

愛されているから

愛が重くて、鬱陶しいんだろ。

愛してくれる存在がいるうちは

どんどん甘えているといいよ。

まったく、可愛いな(笑)

 

校則はどうでも良かった。

割と守る方だし、

きまりに縛られるのは、むしろ心地よい。

ただ、校則違反であっても

やりたい事はやっていた。

そして、やった事を卒業してきた。

 

高校1年の夏に、私は突然パーマをかけた。

どんな心境の変化だったか、

まったく記憶にない。

きつめのパーマで、一瞬でマスプロの雷坊やになった。

ブラシで伸ばす事を知らなかったので

私は半年間くらい、カミナリだった。

何度も先生に、校則違反だと呼び出しを受けた。

先輩たちにもにらまれた。

でも、貫きとおした。

理由はわからないけど(笑)

 

また、校則に縛られてみたいな(笑)

 

このカミナリパーマの話を高校生だった娘にしたら、

私は「アフロ」って言ったのに、

娘はなぜか、「パンチパーマ」に変換されて

娘の高校の友達諸氏は

私の事をパンチの女子高生だったと思っているらしい。

 

面白いから、訂正していないようだ。

やってしまった後悔 やらなかった後悔

人間、死ぬときに後悔をするのは、

やってしまったことより、

やらずにいたことの方が断然多いらしい。

 

きっと、私も今死んだら

やらずにいたことを後悔するに決まっている。

やってしまった事は後悔しないと思う。

だいたい、覚えていないし。

 

今の私は、お椀がもてない。

五十肩をこじらせてしまって、

左の腕の筋力がおちてしまって、

プルプルが止まらない。

マグカップは右の手を添えるけど

お椀はどうにも、心もとない。

 

こんな事、一度も想像したことがない。

 

ギターが好きな私は、

よく、ギターで弾き語りをする。

でも、ここ数年、声がまったく出なくなっていることは

気が付いていた。

声を出す練習もたまにしている。

今は、コロナの影響で、カラオケボックスにも行かない。

家で、秘密の器具? ← 今度紹介します

で、ウーウーと唸っていたりする。

 

でも、声は結局出なくなっても、

ゼロではないから、あきらめはつく。

それはそれで、味になるから。

では、歯がボロボロっと抜け落ちたらどうするか。

この心配は大きかった。

歯が丈夫ではないから、

定期的に歯科医院に通って、

メンテナンスに努めていた。

おそらく、65歳までは持つと思う。

 

この二つの心配は大きかったけど

努力でなんとかなるような気がしていたし、

今でもそう思っている。

 

そこにもってきて、

この左腕のプルプルがきた。

お椀で驚いていたけど、

ギターのコードを押さえて、さらに驚いた。

 

動きはするけど、音がしていない。

手が疲れて、指先に力が入らないから

弾き始めの音のならない状態。

ポツンポツン…みたいな。

これに、今の私は結構頭を抱える。

 

疲れずに、本体を持ち、コードを押さえる。

これだけのことを出来ずいることに焦りを感じる。

今、死んだら後悔する、ぞ、と。

 

45歳で死んだ私の母親は、

存命であれば、今年90歳。

母親の年代の頃の人に

私は歌をプレゼントするのが人生の一つの目標で

計画であった。

その気持ちを持ちながら、

この10年、まだ何も出来ずにいる。

それは、まだ時間があるって勝手に思っていたから。

 

でも、時間は有限で、そして自分では決めることはできない。

そんなことを、体の不調は教えてくれた。

 

やらなかった後悔はしたくないから、

ここで、頑張ってみて、

誰かの喜びになってみたい。

 

人間、気が付かないだけで

必ず何か、持っているらしい。

それが表現できたら、人生、素晴らしい。

 

エンマ大王への、手土産にしたい。

 

老いを認める日々

すっかりと遠ざかっていたこの期間。

私は初めて老いを感じて、抗わず、認める作業をしていた。

 

って。

何のことはなく、五十肩で悶絶していました。

 

冬に足を骨折して、治りきったころに始まった五十肩。

左肩が痛くて、数年前に右肩を経験しているので

五十肩だな…って思いつつ、

前回は痛みで可動範囲は相当に狭かったけど

注射1本であっさりと解決をした経緯があるので

簡単に治るものと思いこみ、

そして、おりしもコロナ絶世のなか

自分が感染元になるかもしれないという気持ちがあって

通院を先延ばしにしつつ、

どんどん痛みとともに、腕の可動範囲は狭まるばかり…。

 

ネットで拾った情報では、

ほとんどの場合は半年から1年で自然治癒するとの事。

(しない事もあるとは書いていた)

都合の良い事は信じてしまうので

いずれ回復するものと思っていたら、

悶絶は広がり、夜は眠れず

寝相が粗く、おそらく腕をあげたりしているようで

激痛で目が覚めること、毎晩。

 

病院いかないといけないな…

でも、コロナだしな…

5月で緊急事態を脱して、すこし落ち着いた頃の

6月になっても痛かったら病院に行こう、って思っていた。

 

その頃には、なんとなくネットの情報は

自分にはあてはまらないと思っていたので、

6月半ばに今までにもお世話になっていた病院に行った。

 

肩の注射、今日も痛くないといいな…って、甘い事を考えていた。

なんとなく、自分の事で、すべては自己責任なのに

言訳ばかりしてしまう。

コロナだったから、とか。

ネットでは、こう書いていた、とか。

右の時と同じくらいに思っていたとか。

(先生シニカルに笑っていたけど)

 

一連の診察の結果、

私は人生で初めての「リハビリ生活」を言い渡された。

 

リハビリだね。

もう固まってしまっていて、動かせない。

半年だよ。

週に3回がのぞましいね。

ネットの情報、信じてもいいけど、自己責任だからね。

はい。リハビリ室見てきて。

 

そして、その日から心の準備もせぬまま

リハビリ生活に突入した。

 

何が辛いって、痛い。ひたすら痛い。

炎症もあるから、黙っていても痛いけど、

リハビリすると、泣く程痛い(泣きませんよ)

 

週に3回は無理でも(担当の先生の休みもあるから)

2回は通うようにしている。

施術は20分くらいだろうか。

痛くない動作もあるけど、8割は痛い。

「はい、お疲れ様でした」と言われたときには

ボロ雑巾のようにヨレヨレになっている。

 

ヨレヨレのボロボロだから、

施術の台から降りるときには、履いているジーンズが

すこし落ちている気がするけど、

それを上げて直すことも出来ず、

ボロボロ、ヨレヨレのまま

ありがとうございます

と囁いて、リハビリ室を後にする。

 

自宅での運動も指導されているけど、

なんせ、動かないのもあるけど

動かして痛いより先に、ジクジクと黙っていても痛いので

ついつい自分に甘い私は、

宿題を出来ずにいる。

(炎症のあるうちは、無理しないでくださいって

神の声のあるので、甘えてしまう)

 

今日は3日ぶりのリハビリだった。

この3日間、実はほとんど自宅リハは出来ていなかった。

なので、始まる時にたくさん言訳をした。

 

首も、耳までも痛いんですよ…

 

ウソではないけど、少し情けない…(笑)

 

でも、先生のチカラ加減が弱くなればいいな…

そんな、逃げ口上(笑)

そして、今日もボロボロのヨレヨレになった。

 

半年と聞いた時には、

よし、4ヵ月で終わらせてやりましょう!

なんて、密かに思っていたけど

このままだと、今年中に終わるのかどうか。

まずは、この痛みが本当に消えるのかどうか。

 

痛いと、信じられないかもしれないけど、

いつか、痛みは必ず消えます。

そしたら、可動範囲を広げる動きの時だけの痛みになります。

気長に頑張りましょう。

 

あ、結局、痛いんだ(笑)

 

でも、救いなのは、

グズグズ泣き言や、言訳をしても

行かない言訳をまだしていない事。

 

この五十肩は克服してやる。