追悼番組

志村さんが亡くなってから、追悼の番組や

追悼のコーナーが多いようだ。

私はまったく見ていない。

ただ、昨日たまたま昼間にNHKのドラマが目に入って

少しだけ見入っていた。

面白かった。

笑った。

ほっこりした。

 

この瞬間を「亡くなった」という事実を知らずに

見たかったと思った。

 

これまで、30年くらいに見ていないのに

この時になってテレビを見て

泣いたり笑ったりして偲ぶのは

見続けていた人達に悪いかな…って思う。

ファンでもないくせにって。

そう思っているのは私自身かもしれないけど。

おこがましいから、私はこれからも見ないと思う。

 

昔、太地喜和子さんという女優がいた。

40歳以上の人はご存知かと思う。

美人ではない気がするけど、妖艶だった。

そして、コントもやっていた。

 

太地さんは1992年に車の事故でなくなった。

まだ40代だった。

あっけなく思って、実感がもてなかったけど

私はきっと、太地さんが好きだったんだなぁって

その後に思った。

 

太地さんはよく志村けんさんの番組でコントをしていた。

すごくチャーミングで、面白かったのを覚えている。

だから好きだったんだと思う。女優というよりも。

(よく志村さんの番組は意外な女優さんのコントを見せてくれた)

 

太地さんが亡くなって、志村さんの番組で追悼のテロップが

流れるかと思って見ていた。

そしたら、冒頭からいきなり太地さんのコントがはじまって、

一時間、ずーっと太地さんのコントをやっていた。

途中、解説も思い出を語ることも涙もゲストもなく、

誰一人番組に出るわけでなく、

ただ一時間、太地さんが笑わせてくれた。

 

これが志村さんの友情であり、愛情なんだと思った。

制作サイドの思惑もあったかもしれないけど

番組の中心のビックが決めたのだと思う。

 

思いの篤さに感動した。

 

もし、番組1本、まるまる昔からの志村さんだけを見せてくれるなら

何も足さず、何も引かずに、誰も出てこないで

ただ笑わせてくれるならば

それを見たいなぁって、思う。

 

 

昔4月に教わったこと。

新年度になりました。

いろいろと身分が変わった人も多いでしょう。

おめでとうございます。

イレギュラーな春だけど、いつか良い思い出になりますように。

 

もう40年ほど前の事だけど。

私は某企業に就職した。誰もが知っている大企業。

一生安泰に思われるくらいの企業だったけど、

今は外資に吸収されて組織が完全に変わっている。

人生も、企業も先はわからない。

 

その入社式も4月1日だった。

そして翌日からほぼひと月、研修に入った。

さすが大きな企業は教育に時間をかける。

そして、誰もがみんなやさしく教えてくれる。

 

流通の会社なので、多くは接客に関わる事になる。

各部署の課長や係長クラスが研修をしてくれる。

ある日の研修。

衣料の係長がいろいろな講義をされたあと、こう言われた。

 

皆さん。

これからの仕事で、お客様から理不尽な扱いをされる事もあるでしょう。

自分が正しいと思っても、通用しない事もあるでしょう。

悔しい事ばかりだと思います。

でも、皆さん。

決して、売り場では泣かないでください。

お客様の前では泣かないでください。

泣くときはトイレで泣いてください。

 

昔なら当たり前。

今では非人道的指導と思えるこの言葉を

私は今だに頻繁に思い出す。

 

この係長はこの数年後には課長に昇進された。

あの日の講習の通りに、仕事の姿勢はいつも一貫としていた。

私は密かに尊敬をしていた。

この教わった事は、その後の私の土台のひとつになっている。

 

新しく歩きはじめる人へ。

心に残る言葉や風景に出会えますように。

 

 

体調が良くなるとサプリは続く

初めてサプリが続いている。

某有名メーカーの「セサミン……」である。

続いていると言っても、まだ2ヶ月目。

でも、何も続いた事の無い私にとっては大きな前進。

 

特に持病がないので、投薬はしていない。

サプリは時々、あ、いいかも…思って買う事がある。

人並みがわからないけど、人並みかな?って思っている。

 

でも、続いた事はただの一度もない。

サプリのパッケージを飲み終えた事は一度もない。

そして、物によっては臭いがするので

「あ、傷んだかも」と勝手に決めて、消費期限とともに

処分をしてきた。

 

でも今、この「セサミン……」は毎朝飲んでいる。

実際にはもうひとつ、歩く為のサプリも飲んでいる。

でも、これはよく忘れる。

今忘れずに飲めているのは、セサミンの相性がいいから。

 

血液検査でひっかかったから、食生活を意識して

少しずつ変えてきたけど、

どうしても好みが偏るから「セサミン」を試したみた。

 

これが多分身体にあっているのだろう。

身体が楽に思えて、動こうとする。

そこまでしなくてもいい…と私が思っているのに

身体はまだ仕事しようとする。

多分、血がキレイ?になってきたのだと思っている。

 

こんな出会いってあるんだねぇ。

 

昔むかし、高校生の時に買った数学の参考書が実にわかりやすくて

こんなに役立つ参考書があるんだ!

って、初めての経験をした(最初で最後です)

 

それくらいの千載一遇の出会いだと思う。

 

身体がかわるとサプリは続くね。

 

変わったのをチャンスに、自分の努力を重ねていけないのは

私の弱さです。残念です(笑)

 

 

 

 

 

 

 

髪伸びたのに美容室にいけない

行きつけの美容室は少し遠くにある。

車で30分。

超直毛の私は、パーマをかけないと

スポーツに熱中している「昔の中学生」になるので

人には「え?どこかけてるの?」っていわれるような

何もしてませんパーマをかけています。

 

もう2ヶ月行っていないので、鬱陶しくなって

さらに乾燥して静電気でフワフワしています。

切りたいなぁって思いつつ、

この時期、美容室はなぁ…って、なかなか足が向きません。

 

親しくさせていただいているので、

気持ちがドライになれない。

 

おそらく売上は相当下がっているだろう。(卒業式なかったから)

担当さんも一部は歩合だろうから

とりあえず来てほしいだろうなぁ。

でも、感染のリスクはお互いにあるし。

なにせ、密着度ハンパないしょ。

売上ほしいけど、感染こわい。

一人感染したら営業は停止になるだろうし。

 

まったく、痛し痒し…。

私の頭も限界にちかいし。

 

北海道は落ち着いてきたように思うから。

もう少し感染の数値をみて

大丈夫だろう、よし、賭けだ!

って思えたら行くから。

待ってて。

志村さんのコロナ死はさすがにショックだ

私は夜までテレビは全く見ない。

夜も見ないで、何日も見ない日も結構ある。

その間、ネットでニュースは拾っている。

 

志村けんさんがコロナに罹患したのは知っていた。

でも、少ししたら元気に退院されると思っていた。

 

私は「志村どうぶつ園」なるものも「バカ殿」も見ない。

レギュラーの番組をもっていた事も知らない。

これから朝ドラに出る予定だったことも

主演の映画が用意されていたことも知らない。

この訃報で知った事ばかりだ。

 

それでも、ビックネームとして知っている。

ビックすぎて、今はテレビに出ていない人…

そんな勘違いをしていた。

 

ドリフの頃は結構見てはいたけど

でも、私の年代ではもうドリフは卒業していたと思う。

なにせ、笑ったのは荒井注の時代だから。

 

全員集合で、舞台の志村けんさんに客席の子どもが

「シムラ後ろうしろ〜!」と声をかけて

気づかない演技で子どもたちを喜ばせていたけど

きっと、この人は、私生活では子ども嫌いだろうなって思っていた。

仕事と私生活は決して混同しない人だと思っていた。

 

だから、本物のコメディアンなのだと思っていた。

 

古希のお祝いをしたばかりだと。

見た目もお元気そうで、

これからまだまだやりたい事があっただろうと思う。

まさか、流行りの病で亡くなるなんて思いもしていないだろう。

自分が亡くなったことも気づいていないと思う。

まだ、眠っているのではないか。

 

決して人ごとではない。

大切な人を守るために、

そして、自分も誰かの大切な人である事を自覚して

真剣に取り組みましょう。